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インタビュー

完璧な母親を目指すのではなく 等身大の「良い背中」を見せたい

高校3年生で1,500mの日本記録を樹立、その後北京オリンピックにも出場するなど陸上のトップ選手として活躍した小林祐梨子さん。現在は現役を引退し、メディアへの出演やイベントなどを通じ走る楽しさを伝えるとともに、2人の男の子の母として育児に奔走する日々を送っています。そんな小林さんに1人のママとして、子育てについてお話をうかがいました。

お名前:小林祐梨子さん
ご自身のご職業:元女子陸上競技選手

向いていた矢印が一気に変わった

─ 最初のお子様ができた時の心境はいかがでしたか。

夫とは中学2年生の頃、陸上競技場で出会ったんですよ。中学生の頃から「この人と結婚したい」と思って結婚したので…夫は「根負けした!」と言っていますけれど、そんな人との間に子どもができたというのは感慨深く、夢が一つ叶った瞬間でもありましたね。

─ 子どもが生まれて「変わったな」と思うことはありますか。

自分主体じゃなくなったことですね。陸上は個人競技ですので、いかに自分が前に、いかに自分が速くという「対自分」の競技をずっとやっていたのですが、その矢印が一気に変わって、別の意味で豊かな気持ちになりました。これまでは競技のことだけをずっと考えていて、それって結構しんどい面もあったんですけれど、いまは切り替えができます。子どものことを考える時間、子どもが保育園に行ったら仕事のことを考える時間といったように切り替えられるようになったので、短い時間で集中してこなせるようになってきたと感じますね。

─出産からわずか半年後にフルマラソンを走られましたが。

私にとって走ることはごはんを食べることと同じくらい好きなので、いまも毎朝10km走っているんですが、これはずっと変わらないライフスタイルですね。イベントで市民ランナーの方々とふれあうのが本当に楽しくて、いまは生きがいの1つになっていますね。逆にランナーのみなさまに走る楽しさを教えていただいています。走ることが、子育ての息抜きにもなっているんですよ。

叱るよりも、考えさせるように

─ 子育てに関する悩みはどなたに相談しますか。

もちろん私の母にも相談しますが、義理の母の存在が大きかったですね。それこそ中学時代からの付き合いで、嫁姑というより関係が濃い〝第二の母〟ですので、お互い本音で話ができ、とにかく何でもまるまる相談します。平日は何かあったら義理の母が、休日は私の親が面倒をみるという感じで、双方の実家が近いところにありますし、その支えがないといまの生活は成り立たないと思います。同世代の友達に子育てのやり方を訊ねたりとか、先輩に話を聴いたりもしますね。

─ 1人目と2人目では子育ての経験値が違ってくると思いますが。

こう見えて私、結構気にするタイプなんですよ。1人目の時は母乳が出ないとか、体重が増えず痩せ体型と言われるとか、何もかも気にして、ストレスを抱えながらの子育てになってしまったんですけれど、2人目時は「放っておいたらええやん!」という感じになり、気持ちは楽になりましたね。そうなったのも、相談できる人が身近にいるからだと思います。ありがたいですね。

─ 子育てで苦労したエピソードがあれば。

喘息は実は二人ともなんです。アレルギーは長男だけなんですが。年齢と共に喘息は落ち着いて来ているので良かったです。

─ 子育てではどんなことを大切にしていますか。

楽しみながらということを大切にしています。あと、私も母になって5年目で、まだ「これが正解」というのを持っていないので、逆に選択肢を与えたり考えさせたりする子育てをしています。どうしてもダメなことや危険なこと以外は、「これはアカン」と言わずに、「こうやったらどうなると思う?」とか、先のことを考えさせるために問いかけます。たまにまさかの答が返ってくることもあるので、こちらも勉強になりますね。そして、私はよく「忘れんぼ母ちゃん」と言われるのですけれど、至らないところ、できないこととかをはっきり子どもに見せることですね。お母さんだから完璧!というふりは敢えてしないことで、逆に子どもたちがしっかりと成長してくれているのだと思います。

夫の理解で仕事と子育てを両立

─ 妊娠や子育てとお仕事との両立で悩みはなかったですか。

すごい悩みました。実際に決まっていた仕事の関係者に「妊娠しました」と伝えたら何て言われるんだろうって。でも、みなさん「おめでとうございます!」と祝福してくださって、仕事も無理せずできる範囲でしいですよという感じで、何一つマイナスなことを言われなかったのでありがたかったですね。実は、レギュラーの仕事は産後なんですよ。もともと会社員ではないので、産後のんびりした方が良いのかなと思っていたところ、長男が首が据わりかけた頃ですかね、ラジオ番組のレギュラーとして3時間番組に出演してほしいとメディア関係者から連絡がありまして。おしゃべりの仕事はしたことなかったですし、何よりも子どもが生まれたばかりなので…とお断りしようかと思ったところ、「だから良いんですよ」と。みんなで子育てができる社会にならないといけないし、よろしければお子さんを連れてきてもらっても良いですよと言われたんですね。でも、夫には反対されるかなと。そう思いつつダメ元で話をしたら、「こんだけ家でマシンガントークされてるんやから、外で3時間もしゃべってきてもらったら俺もストレスが減るし、やった方がええんちゃう?」って(笑)。

─ 理解のあるご主人ですね。

家にこもっていたら私が自分らしくなくなると思っていたみたいなんです。陸上をやめてから次の夢を見つけられていなかった私を心配していたので、いきいきとしゃべっている姿は良いのではないかと、夫は理解してくれました。それからですね、ラジオやテレビの出演機会が増えたのは。スタッフのみなさんの協力、夫の理解によって、子育てと仕事を両立できる環境にあるのだと思います。感謝ですね。

─ ご主人は家事や育児に協力的ですか。

家事では…子どもたちは、夫のつくるラーメンは格別だって言うんですよ。でも、料理はそれだけ。私が料理好きなので、夫にあまりやって欲しい感じではなく、むしろ美味しそうに食べている表情を見ている方が嬉しいので。よく食べるんですよ、1食でごはん4合とか。私はそれを幸せに感じるので、夫はゴミ捨てとかは積極的にやってくれますけれど、私のできる範囲のことは何のストレスもなくやっています。子どもたちにとってむちゃくちゃ自慢の父親みたいで、「働いている父ちゃんがカッコイイ」と言っていますので、そういうイメージでいてほしいなと思います。育児ではお風呂担当で、いつも楽しそうですよ。毎日夕方には規則正しく帰ってきてくれるので、そうやって居てくれるだけで私も子どもたちも安心という感じの存在です。

自分らしく生きることが大切

─ 日常生活で大切にしていることは何ですか。

「ほどほどに」ですね。いっぱいいっぱいになってしまうと子どもにストレスが向かってしまったりするので、欲を出さずに、無理せず、子育てに余裕ができるくらいのゆとりを持つような生活を意識していますね。

─ アスリートとしての経験が子育てに生きているなと感じることはありますか。

逆にマイナスに働いているなと思うことがありますね。現役時代はこういう風に走るためにはこうしたらいい、そのためにはこんなメニューが必要だと計画を立てるんですね。そのクセなのか、1日のスケジュールを頭の中で組み立ててしまうんです。でも子育ては予定通りにいきません。自分主体で競技をやっていたので、それが子ども主体になってくると全く違う考え方が必要になります。毎日、とても勉強になりますね。

─ それは意外な答えですね。

でも、自身の子どもの頃を振り返ると、長距離走に出会うまで「できない」ことの方が多かったので、そういう経験をしてほしいなと思いますね。実は私、跳び箱は跳べない、プールは泳げないで、一番嫌いな教科が体育だったんですよ。いろいろなことをやってみても、できないことばかりで…。でも唯一、長距離は走ることができたんですね。そういう経験がいまに繋がっているので、いろいろなことをさせてあげたい。走ることじゃなくて良いので、何か「できる」というきっかけを養ってあげたいなと、夫とよく話していますね。

─ 最後に、子育て中のママにメッセージをお願いします。

子育てしていると、いろいろと悩みが出てくるものですよね。でも、良い子育てって何だろう?と突き詰めて考えると、やっぱり自分らしく生きることじゃないかと思うんですよ。子育てだけに100%注ぐのではなく、子どもたちに「良い背中」見せるというか、自分らしくあること、自分の夢を追いかけることで、実際に子どもたちにとってプラスの言葉をかけてあげることができるんですよね。子どもがメインになってしまうと、子どもの成長に期待しすぎてエネルギーが一方通行になりがちだと思うのですが、私は私で1つの矢印を向いているのを見せることで、お互い良い影響が出てくるじゃないですか。ですから、自分らしく生きることを心がけると良い子育てができるのではないかと感じますし、そう思うことできっと、心が楽になるのではないでしょうか。